

奈良県をはじめ、大阪・京都・神戸など関西一円で建設業を営む中村建設(株)のサチです。
先日、明日香村埋蔵文化財展示室を訪れました。
そこで思わず足を止めたのが、展示されていた土管です。
「えっ、土管?」
思わずそう思いました。

土管というと、私たちの身近では、排水や下水など、水を流すために使われるもの。
ところが、飛鳥時代にも、土管を使って水を流していたのです。
飛鳥寺西方遺跡では、地下に水を通すための暗渠として使われたと考えられる土管が見つかっています。
もちろん、現代の排水管とは形も大きさも、使われ方も違います。
でも、
「管をつくって、その中に水を通す」
という発想は、今の私たちにも通じるものがあります。

1400年以上前の人たちも、水をそのまま流すのではなく、管を使って水の流れをコントロールしていた。
それを実際に出土した土管を見ながら想像すると、なんだか不思議な気持ちになります。
さらに飛鳥には、水時計として知られる飛鳥水落遺跡もあります。
ここでは、水を使って時間を測るための施設がつくられていました。
水を「流す」だけではなく、
水の流れを利用して、時間まで測っていた。
古代の人々が、水をよく観察し、暮らしの中で上手に利用していたことがわかります。

現代の建設業でも、水を安全に流すために排水管を設置したり、大雨に備えて貯水槽を設けたりします。
以前、中村建設が担当した冠水対策の工事でも、既存の細い排水管を分岐して太い管につなぎ、さらに貯水槽を設置することで、冠水がなくなったという事例がありました。
時代は1400年以上違うのに、「管を使って水をコントロールする」という考え方は同じ。
飛鳥の土管を見て、そんなことに気づきました。
建設や土木の仕事は、現代になって突然生まれたものではありません。
人が集まり、街をつくり、安心して暮らすために、昔からさまざまな工夫が重ねられてきたのです。
そう考えると、飛鳥に残る一本の土管が、ちょっと違って見えてきませんか?
