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「海に眠るダイヤモンド」の舞台「軍艦島(端島)」を土木の見地から解説

奈良県をはじめ関西一円で建設業を営む中村建設(株)のサチです。

日曜の夜のドラマ「海に眠るダイヤモンド」を毎週、楽しみに見ています。俳優の神木龍之介くんが一人二役なのも話題ですが、なんといっても舞台となっている「軍艦島(端島)」が人々が生活していたころが、まるで当時の様子がそのまま再現されたような演出も素晴らしいです。

ドラマの舞台となっている「軍艦島(端島)」 は、日本の長崎県長崎市に位置する炭鉱の島で、20世紀における土木建設技術の発展を象徴する場所の一つです。その特徴的な軍艦のような形状から「軍艦島」と呼ばれ、現在ではユネスコ世界遺産の一部として知られています。以下では、土木建設業の見地から、この島の歴史や構造、技術的な意義を解説します。

1. 軍艦島の歴史的背景

炭鉱の発展と土木技術

軍艦島はもともと小さな岩礁でしたが、19世紀後半からの炭鉱開発により、急速に埋め立てが進みました。

  • 1870年代: 明治政府の近代化政策の中で、三菱財閥がこの島の開発を進めました。
  • 20世紀初頭: 海底炭鉱の掘削が進み、炭鉱産業の中核的な存在となります。
  • 1960年代: 島の人口密度は約83,500人/km²と世界一を記録。
  • 1974年: 石炭の需要低下により閉山。

 

2. 軍艦島の土木建設技術

軍艦島の土木建設は、狭小な島を都市化するという点で極めて挑戦的なものでした。

(1) 埋め立てと人工島造成

軍艦島の原型は、わずか1.2haの小さな岩礁でした。島を拡張するために埋め立て技術が駆使され、最終的に面積は6.3haにまで拡大しました。

  • コンクリート構造物と防波堤: 荒波に耐えるため、強固な防波堤と護岸が設計されました。
  • 埋め立て材: 島内外で発生した土砂や鉱滓が利用され、無駄を最小限に抑える効率的な工法が採用されました。

(2) 高層建築物の導入

狭い土地で多くの人を収容するため、日本初の鉄筋コンクリート造りの高層アパートが建設されました。

  • 30号棟: 1916年に完成した日本初の鉄筋コンクリート集合住宅。
  • 耐震性: 当時としては画期的な耐震設計が施され、台風や地震にも耐え得る建物でした。

(3) 地下構造の開発

島の主産業である炭鉱は、地下数百メートルにおよぶ海底炭鉱から石炭を採掘する高度な技術に依存していました。

  • 坑道の掘削: 海底の安定性を保つため、堅固な支柱構造と排水システムが設計されました。
  • 換気・排水システム: 海水の侵入を防ぎ、労働環境を維持するための排水技術が整備されました。

 

3.中村建設に受け継がれる土木の技術

こちらは杭打ち工程の様子を当時の学生さんがインターンで体験したもの。

杭打ち工程とは、建築物や構造物を支えるための基礎工事の一環で、地中に杭を埋め込んで建物の荷重を支持地盤に伝える工程を指します。特に、大規模な建物や軟弱地盤で重要な役割を果たします。

軍艦島が最終的に面積を拡大した技術の中にも使われています。

 

軍艦島では最大9階建て、一番目立つ30号棟は、7階建でした。コンクリート建築で高層階を実現し、東京ドーム1.3倍の広さに最盛期で5,259人が暮らす街となりました。

現在のコンクリート技術はさらに発展し、純コンクリート建築としてはアメリカのトランプタワーが98階建となっています。鉄筋コンクリート建物では、ドバイのブルジュ・ハリファが最高163階、日本では、あべのハルカスが地上60階となっています。

コンクリート技術はどんどん進化しています。中村建設は、先人たちの思いを受け継いでそこで暮らす人たちの笑顔を願って、さまざまな施設を建ててきました。

護岸工事の技術は、河川工事の堤防づくりにつながっています。

炭鉱の廃坑とともに閉鎖された島ですが、日本の近代化を支えた貴重な資料として2015年にユネスコの世界文化遺産に選定されました。

軍艦島は、単なる観光地ではなく、歴史と自然、そして人間の営みの変遷を感じられる特別な場所です。その魅力を求めて訪れる人々が多いのも納得です。

 

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